
ペットといっしょに考えよう
犬のサイン
ご存じのように、このシッポの仕草には目や耳とともに犬にとっての大事な意思を示すパフォーマンスが様々にこめられているのだ。例えば、他の犬に出合った際に“友達だから仲良くしろ”と囁くと、途端に大きく左右にふりだす。アイツなりに精一杯の親愛の情を示しているのだろう。ところが、中には内弁慶で社会化の遅れている犬もいて、何分にもアイツの体がデカイのでスッカリ怯んでしまい、緊張のあまり威嚇のポーズをしてくることがある。ならば無視して遠ざかればよいものを、まだまだ犬としての修行がたりないのだろう。これをさかいにアイツのパフォーマンスが始まる。シッポは、揺れが小さくなるとともに垂れていた状態が徐々に持ち上がり、今にも飛びかからんばかりの態勢を取るのだ。やおら、ここで間に入って宥めながら仲裁することになる。即ち、仲良くなれるか否かはシッポの動きを見ていれば一目りょうぜんなのである。 同様に、好物の獲物(ボール)を見つけようものなら大変だ。夜更けの公園では、夢中になって生け垣の隙間に顔を突っ込みながら臭いを嗅ぎ回り、ゲットした瞬間などは頭隠して尻だけを残し、まさにちぎれんばかりにシッポを大きく振り回している。言葉こそ交わせないが、そのパフォーマンス一つひとつに溢れんばかりの意思が汲み取れて楽しい。 一方、その散歩ぶりから飼い主による犬への「しつけ」具合が良く見えることがある。毎度のことながら、はるか前方より前足をくの字に曲げながら地面を這うようにして飼い主を引きずっている犬を見かける。案の定、飼い主は一杯に伸びたリードをかろうじて右手一本で必死に持っている。こんな時は、予めサッサと方向転換してつまらぬトラブルに巻き込まれることを避けるようにしている。 とかく、愛犬家の中には、犬を飼うこと=動物愛護、と勘違いされる方もおられるが、本来の動物愛護とは動物を正しく理解して、動物の視点にたって適正な飼育を心がけることである。それでこそ、「家族の一員」として人間社会での共生が可能となるのである。 財団法人日本動物愛護協会理事・事務局長会田保彦 |
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