ペットといっしょに考えよう
木の芽時
過日も、アイツ(9才・37Kg)との散歩の道すがら、丘陵の中腹で淡い黄緑の中に見事な一本の山桜を見かけ、しばし足を止めました。数日後に再び同じ場所からながめたところ、何と、桜の姿がありません。まさか、切り倒されたのでは、と急な坂道をかけ上り、現場検証(?)すると、花は健在でホッと安堵したのですが、そこの周囲は圧倒的な緑の攻勢にスッポリと覆い隠されていたのです。 何故、唐突にこんな杞憂をしたのかと言いますと、その一週間ほど前に別の散歩コースの雑木林(国有地)で目撃した痛ましい光景を思い出したからです。これまで数年間にわたり、アイツと共に密かに見守ってきた「タラの木」が無残なまでにへし折られていたのです。その夜は、夢に出てくるほどのショックでした。それは、高さがおよそ4メートルで幹回りの直径は10センチほどの立派な天然の木で、毎年のことながらその下方に生じるひとつまみの芽を摘み取り、旬の味をテンプラにして楽しんでいたものなのです。グルメブームの影響でしょうか、テッペンの芽を強奪するために、わざわざ鈍器を用いて木そのものの生命まで絶とうとする愚行は許しがたく、マナーやモラルの片鱗もありません。 俗に、「木の芽どき」と言われるこの時期は、毎年のように常軌を逸した人の言動が世間を震撼させるのが常ですが、その対象が木の芽そのものに向けられたのではシャレにもなりません。併せて、近頃は格差社会が拡大した影響でしょうか、筆致に尽くし難い犯罪が連日のようにマスメディアに垂れ流されています。それらの原因は、勝ち組の傲りだったり、負け組のガス抜きだったりと様々なようですが、いずれにしろ物質文明に溺れてモノを粗末に扱う時代風潮が、いつしか動植物の生命をもないがしろにし、やがては人命をおとしめることさえ辞さなくなってしまった結果ではないか、と思っています。 折角の美しい季節に心貧しい話題で恐縮ですが、貴重な「タラの木」の一件で怒り心頭に発し、どうしても一罰百戒をこめてお知らせしたかったのです。所詮は、動物の愛護も環境の保全も本質は同じであり、我欲にかられた動物の虐待や自然の破壊は厳にいましめなければなりません。 財団法人日本動物愛護協会理事・事務局長会田保彦 |
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